昔、古い家で見かけた大きな仏壇は、黄金に輝くきらびやかで豪華なものだった、という記憶がある方も多いでしょう。漆塗りの重厚な黒とまばゆい金色のコントラストが少しも不調和ではない、絢爛な美しさをたたえたこの仏壇こそ、見た目の通り「金仏壇」と呼ばれるものです。
今回はこの金仏壇について、詳しく解説していきます。
金仏壇の概要
金仏壇の特徴
「金仏壇=浄土真宗の仏壇」というイメージが一般的であり、それは必ずしも間違いではないのですが、実は他宗派でも金仏壇を使うことに差し支えはありません。
したがって、あくまで金仏壇とは「仏壇の種類のひとつ」と考えてかまいません。他に代表的な仏壇の種類として「唐木仏壇」があり、よく対比して語られます。
白木で造られ全体が黒の漆で塗られていることから「塗り仏壇」とも呼ばれ、内部にはまばゆい金箔が貼られているのが、金仏壇です。さらに、金属粉や貝殻をちりばめて描かれる精巧な蒔絵。その美しさは豪華でもあり荘厳でもあり、もはや芸術品の域に達する様相です。
詳しくは後述しますが、この塗られている漆の厚さと金箔の質や量、そして細工の精巧さによって、金仏壇の価値が決まるのです。
金仏壇は極楽浄土を表している
金仏壇の絢爛豪華な様相は、極楽浄土を表しているから、といわれています。浄土真宗において極楽浄土とは、阿弥陀如来の作られた仏国土であり、苦しみや悩みが一切ない世界です。
お釈迦様が、弟子の舎利弗(シャーリプトラ)に対して語った荘厳な極楽浄土の様子は、次のようなものでした。
・「七宝(金・銀・瑠璃・水晶・赤真珠・めのう・琥珀)」の池があり、そこには「八功徳(澄浄・清冷・甘美・軽軟・潤沢・安和・渇きを取り除く・健康増進)」の水がたたえられている
・池の底には黄金の砂がしかれ、金・銀・めのう・水晶でできた階段が池の四辺にある
・階段の上にある楼閣もまた、七宝で飾られている
・池に咲く蓮華は大きな車輪のように見事で、青の蓮華は青色の光に、赤の蓮華は赤色の光にといった具合で、色とりどりの光に輝いている
およそこの世の美しさをすべて備えたような光り輝く世界であり、苦しみも悩みもない、「楽」のみが存在する地が極楽浄土です。漆や金箔、さまざまな彩色の蒔絵がほどこされた金仏壇は、まさにこの様子を表しているのです。
金仏壇の構造
仏壇とは、「お寺を小さくして家庭に置けるようにしたもの」と考えると、その内部構造を理解しやすくなります。何に使うのかよくわからないものも、お寺にある仏具を表していると考えればよいのです。
金仏壇は主に浄土真宗で使われるものですが、他宗派でも金仏壇を使うことはあります。ただし同じ金仏壇でも、浄土真宗とその他宗派では構造に違いがあります。
浄土真宗の金仏壇
浄土真宗と他宗派の金仏壇における決定的な違いは、位牌を置く場所があるかないかという点です。
他宗派の仏壇には、先祖を祀るために位牌を置く段が設けられていますが、浄土真宗では信仰の対象が御本尊である阿弥陀如来だけなので、位牌を祀ることはしないのです。
浄土真宗の本願寺派と大谷派での違い
浄土真宗の主な十派のなかでも、もっとも規模の大きい本願寺派(お西)と大谷派(お東)の二派においても、仏壇には差異があります。
本願寺派の金仏壇は、金箔が張られている部分が広く、他の金仏壇と比べても豪華で絢爛なものとなっていて、柱の部分も金色です。
大谷派の仏壇は、本願寺派に比べて漆の黒い面が多く、柱も漆塗りです。落ち着きと趣があり、絢爛さのなかにも荘厳さが前面に出ています。
他宗派の場合
浄土真宗以外の宗派(天台宗・真言宗・浄土宗・曹洞宗・臨済宗・日蓮宗など)向けの金仏壇は、先述したように位牌を置く段が設けられています。四段構造で、上から御本尊を祀る段、位牌を安置する段、五具足を置く段、お供え物などを置く段となっています。
金仏壇の歴史
金仏壇が広く普及するようになったのは江戸時代のことですが、それより前の室町時代にはもう金仏壇の原型があったといわれています。浄土真宗の蓮如上人が、信徒に対して「阿弥陀如来をお祀りするために、各家庭に仏壇を安置するように」と説いたことが始まりとされています。
この頃から浄土真宗の仏壇は「先祖ではなくあくまで阿弥陀如来をお祀りするもの」でした。今でも真宗の金仏壇に位牌を安置しないのは、ここから来ているのです。
江戸時代になってキリシタン禁止令が出されると、日本人のほぼ全員が「キリシタンではなく仏教徒である」という証明として、家に仏壇を置くようになりました。ただ、浄土真宗以外の宗派では、金仏壇のようにきらびやかな装飾の仏壇を置くわけではなかったようです。そこに「唐木仏壇」が登場してきて、浄土真宗は金仏壇、それ以外の宗派は唐木仏壇を主に用いる、となっていったのです。
なぜ「金」なの?
現代では「金色」で飾り立てたものは、あまりよいイメージがないといえます。しかし、本来「金」はもっとも格式の高い色とされてきました。色の格式の順位は「金・銀・紫・赤・藍・緑・黄・黒」であり、金は最上位なのです。
仏壇は、仏様、つまり浄土真宗では阿弥陀如来を祀るためのものです。そのためには最上位の色を用いなければならないと考えられ、したがって金色を使うのは必然だったのでしょう。
また、前述したように金仏壇は「極楽浄土をあらわしている」という点や、「仏壇は寺院の小型バージョンであり、寺院の厳かな雰囲気をあらわすべき」ということからも、金が選ばれたといえます。
金仏壇は日本の伝統工芸技術の粋を集めて造られる
金仏壇は「芸術品と呼ぶに値する」と先述しましたが、それもそのはず、金仏壇の製造工程は非常に細かく分かれていて、そこには日本の伝統工芸技術が結集しているのです。それぞれの工程と、担当する職人について見ていきましょう。
木地(きじ)
仏壇の骨組みとなる「木地」を、木地師と呼ばれる職人が造ります。骨組みとなる白木には、檜(ひのき)・杉・松・檜葉(ひば)・欅(けやき)・銀杏(いちょう)などがあり、コスト削減のために合板や木質繊維板が使われることもあります。
下地
木地の上に直接漆を塗るわけではなく、下地と呼ばれる塗装層を作ります。漆塗りの仕上がりに大きな影響を及ぼすため、重要な工程のひとつです。塗料には、牡蠣(かき)や帆立貝(ほたてがい)から作られた粉に膠(にかわ)液を加えたものを用いますが、近年は化学塗料(ポリサーフェーサー)も多く使われています。
宮殿(くうでん)
御本尊である阿弥陀如来を安置する須弥壇(しゅみだん)の屋根のことを「宮殿」といいます。宮殿師(屋根師)と呼ばれる職人が造ります。
彫刻
彫師(彫刻師)と呼ばれる職人が、天女や雲、龍、花鳥などのモチーフを繊細に彫り上げます。1枚の板から彫り起こす「一枚彫り」、複数の細かい彫刻を組み合わせる「付け彫り」などの技法があります。
塗り
塗師(ぬりし・ぬし)と呼ばれる職人が漆を何度も塗り重ねていきます。金箔を押す部分にも下地として漆が塗られます。
伝統的には漆が使われ、格も最上となりますが、近年はカシューや化学塗料が使われているものもあります。
また、塗られた漆の表面を滑らかに磨き上げて艶を出すのが、呂色(ろいろ)師です。
金箔押し
箔押師(はくおしし)と呼ばれる職人が、金仏壇のもっとも大きな特徴となっている金箔を押します。金箔は金の純度によってランクがあり、当然純度が高いほど価格も高くなります。
蒔絵(まきえ)
蒔絵とは、世界に誇る日本の伝統的な漆工芸技法です。蒔絵師と呼ばれる職人が金粉・銀粉・色粉・スズ粉で図柄や文様を描いていき、光沢を増して美しい仕上がりになるようその上から漆を塗って研ぎ出します。
伝統的なものでは「磨き蒔絵」「高蒔絵」「平蒔絵」などの種類がありますが、現在は「シルクスクリーン印刷」「シール式」といった蒔絵もあります。
錺金具(かざりかなぐ)
錺金具とは、仏壇に取りつける銅板や真鍮版などの金具であり、繊細で華やかな文様が描かれていて、補強の役割で角にも取りつけられます。錺金具師という職人が担当します。
組み立て
各職人が造り上げた部材や金具を組み立てて、最終的な仕上げを行う職人が組立師(くみたてし。仕立師=したてしともいう)です。職人の技術の結晶が、仏壇の完成とともに実ります。
金仏壇の産地
伝統工芸品として指定されている15産地
金仏壇の主な産地であり、経済産業省から「伝統工芸品」に指定されているものは、以下の15地域です。
・山形仏壇
・新潟・白根仏壇
・三条仏壇
・長岡仏壇
・飯山仏壇
・三河仏壇
・名古屋仏壇
・金沢仏壇
・七尾仏壇
・彦根仏壇
・京仏壇
・大阪仏壇
・広島仏壇
・八女福島仏壇
・川辺仏壇
それぞれの産地の仏壇には、「金箔がふんだんに使われている」「堅牢で重々しい」「華やかで美しい見た目」「高級素材で造られる」「釘を使わない」「各宗派に合わせて型を造る」「他産地ではだいたい6~8工程のところを、80もの工程を経て造られる」などなど、装飾や仕様、工程などに違いがあり、それぞれに表れている特色が非常に興味深いものとなっています。
現在は約70%が海外で造られている
国内に15以上もの産地があるにもかかわらず、コスト削減を目的として、現在の金仏壇は全体の約70%が中国やベトナムなどの海外製品となっており、特に上海は最大の産地といわれています。
海外製の安価な仏壇が決して悪いものというわけではありませんが、仏壇は消耗品ではないため、長い年月を経ていくと、手間をかけて造られたものとそうでないものには違いが歴然と出てきます。
仏壇を選ぶ際には、価格だけではなくさまざまな視点から検討する必要があるといえるでしょう。
金仏壇のお手入れ方法
自宅で金仏壇のお手入れをする際には、注意するべき点がいくつかあります。金仏壇は繊細な部分が非常に多いため、お手入れは無理のない範囲で行い、破損などの不安がある場合は仏壇仏具の専門店に相談してみるのが最善です。
お手入れには専用の道具を用いる
漆や金箔が貼られているものを掃除する、ということは普段なかなかないものです。日常使う掃除道具でこれらをきれいにしようとしても、損傷させてしまう恐れがあります。必ず専用の道具を用いるようにしましょう。
特に金箔部分は経年で剝がれやすくなっていることがあります。細心の注意を払うとともに、心配であれば自分では触れず専門店にお願いすることをおすすめします。
湿気・直射日光・ほこりは大敵
仏壇に限りませんが、直射日光は物体を劣化させます。特に、やはり漆と金箔は直射日光が大敵であり、また木材でできている仏壇は湿気にも弱いので、置き場所をしっかり考える必要があります。
また、仏壇は繊細で精緻な細工が施されている部分が多いため、ほこりが溜まってしまうと掃除がよりいっそう大変になります。ほこりは湿気を含み、木材にダメージを与えてしまいます。こまめな掃除を心がけることで、劣化を防ぐことにもつながるのです。
専門店で「お洗濯」をしてもらう
仏壇仏具の専門店で洗浄や修復をしてもらうことを「仏壇のお洗濯」といいます。
仏壇を一度すべて解体して洗浄し、金具の補修や漆の塗装をし直し、金箔の貼り直しなどを行って、まるで新品のような状態を取り戻すことができます。
ただ、近年よく見かける海外製の低価格な金仏壇には、お洗濯ができないものも多くあります。前項でも述べましたが、末永くお世話になる仏壇を選ぶ際に価格だけで決めてしまうことを避けるべきなのは、この点も理由なのです。
金仏壇の値段の決まり方
ここまで見てきたように、金仏壇の価値を決める要素には複合的なものがあります。
材料の価値
木地にする材木
金仏壇といっても、木地となるのは木材です。唐木仏壇などのように木材が剥き出しではないというだけなので、その木材によって耐久性やゆがみの生じ具合にも差が出てきます。
コスト削減のために、主材料に欅や松など天然の白木ではなく、天然合板や木質繊維板などが用いられているものも多く、そういったものは天然木材が使われているものより当然ランクは低くなります。
塗装剤
下地に使う塗料は、前述したように、牡蠣や帆立貝から作られたものが伝統的でしたが、ここも化学塗料を使うことでコストを抑えられるため、そのようなものはやはりランクが下がります。
漆についてはもっと顕著であり、近年はカシューや化学塗料で仕上げられるものが多くありますが、漆の重厚な質感には到底かないません。漆は塗り重ねるほど耐久性が上がるとともに美しさが増していき、その分相応に高価になっていきます。
金箔
金箔には、金の純度によってランクがあり、高い順に「純金」「五毛色」「一号色」「二号色」「三号色」「四号色」「仲色」「三歩色」となりますが、金仏壇には主に五毛色~四号色が使用されます。純度の高い金箔が使われているほど高価になり、また金箔の貼られている範囲が広いほど当然高価になっていきます。
また、金箔ではなく金粉を用いる場合は、さらに価値が高くなります。金粉を用いると、金箔に比べて光沢が均等になるという利点があるのですが、金箔とは違って貼るのではなく「蒔く」ため、同じ面積においても使用する金の量が多くなります。加えて、均等に蒔くには高度な技術を必要とし、できる職人も限られてきます。この点も、価格が高くなる理由のひとつとなっています。
技術と手間による価値
材料の面での金仏壇の価値について見てきましたが、これらに加えてさらに金仏壇の価格に大きな影響を与える要素が、職人の技術の良し悪し、そして職人がどれだけ手間をかけたかという点です。
木地の組み方、漆の塗り方、彫刻の技巧、どの工程においても、職人の熟練の技がものをいいます。世界に誇る日本の伝統工芸の粋が結集した、それこそが金仏壇の神髄ともいえます。
大量生産品には、このような良さは残念ながらありません。新品のときにはあまり違いがないように見えますが、時間が経つにつれてその差は歴然としてきます。もちろん、安価なものが悪いわけではありません。しかし、前述したように、仏壇選びの際に自分はどこに価値を置くのか、それをよく考えたうえで、検討するべきだといえるでしょう。
まとめ
金仏壇が造られる工程には、伝統工芸技術が結集しています。仏教を信じる人でなくても、思わず手を合わせたくなってしまう。そんな気持ちを湧き立たせる金仏壇の芸術的魅力は、ぜひ仏壇専門店まで足を運んででもご覧になってほしいものです。